
27/07/2025
【七十二候だより by 久栄社】 <第35候>
土潤溽暑(つちうるおうて むしあつし)
7月28日は、七十二候では35候、大暑の次候、『土潤溽暑(つちうるおうて むしあつし)』の始期です。
盛夏の陽射しが強く照りつけ、夕立などで湿った土壌が高い気温で暖められて、熱気が纏わりつくように蒸し暑くなる頃。
『大暑』の節気では、初候は「桐」の花が実を結んで、多様な夏の植物シリーズの最後を飾り、植物系としては、次は秋、『処暑』の初候の「綿」へと繋がっていく流れになります。
今回の次候は、気候を表しており、「土」が一つの題材ですが、春は『雨水』の初侯『土脉潤起(つちのしょう うるおいおこる)』で春の雨に大地が潤い始めた頃から5ヶ月が経過し、例年で言えば梅雨明けから日数もそんなに経っていない中で、気温がぐんぐんと上がり、日本の真夏に特有な高温多湿な気候がピークに達してきていることを宣言しているように感じます。
そして、末候の『大雨時行(たいう ときどきふる)』へと連なっていきまして、暦の上では「晩夏」のクライマックスを迎えることになります。
「溽暑(じょくしょ)」や「溽熱(じょくねつ)」とは、湿気の多い暑さ、すなわち蒸し暑さのことで、陰暦6月の異称でもあります。
太陽にじりじりと熱せられた地面からは、ゆらゆらと立ち上る陽炎が見えたりもします。
強い陽射しに照らされて土が熱を発すること、またその熱気のことを「土いきれ」といいます。「いきれ」は「熱れ」とも書きます。
草の茂みから立ち上る、むっとするような熱気は「草いきれ」といいます。植物の葉が表面温度を下げるために行う「蒸散」により、草の匂いが漂います。
蒸し暑さがピークに達するこの頃、「土いきれ」や「草いきれ」によって、じっとりと熱気が人にもまとわりつき、土や草木の匂いや香りに、むせ返ってしまうほどです。
因みに、人が多く集まっていて、人の体から出る匂いや体熱でむんむんすることを「人いきれ」といい、不快な状況を表します。
「草いきれ」や「人いきれ」は夏の季語として使われますが、「油照り(あぶらでり)」という季語もあります。
風がない薄曇りの日に、薄日が照りつけて、じっとしていても脂汗が滲んでくるような暑さを感じることがあります。
炎天のからっとした暑さとは異なり、じめっとした空気の重さが身に纏わりついてくる暑さで、重苦しさが体にこたえます。
この頃は、熱気と湿気に悩まされ、一年で最も過ごしづらい時季とも言え、私たち日本人は、昔から「涼」を求めて工夫をしてきました。
<続きは、以下の「七十二候専用ブログ」をご参照ください>
https://shichijuniko.exblog.jp/
日本画の世界では、明治に生まれ、大正・昭和にかけて文展・帝展への出品を機に日本画を極めていった、鏑木清方(かぶらき きよかた)の描いた『朝涼(あさすず)』という作品があります。
清方は、近代日本の美人画家として「西の(上村)松園、東の清方」と称されましたが、江戸風情のある情景から同時代の庶民の生活まで、人物を中心とした情緒あふれる風俗画を多く描いた画家です。
『朝涼』は、家族と逗留していた神奈川県横浜市の金沢にて、厳しい夏の暑さを避けるように、まだ月が姿を残している早朝、一緒に連れ立って散歩する習慣の長女を画中に収めた作品であり、帝展に出品されました
淡い緑で調和よく表現された稲田や朝露を光らせている草花を背景に、おさげの長い黒髪、薄紫の浴衣、白地に牡丹の帯をまとった、あどけなくも清浄無垢な少女が描かれ、全体として静謐な奥行き感や柔らかな美しさが感じられます。
現実の風景と実在の人物を写実的に構成して描いた表現方法は、清方が、大正の半ばから約5年かけて模索し続けた末に到達した新たな試みであり、進むべき道を見出した清方は、後に代表作となる『築地明石町』をはじめ、後半生の制作活動へと邁進していきます。
「朝涼」という言葉は、現代ではあまり使われませんが、朝の涼しさを表した言葉であり、「夕涼み」の対義語としての意味も持っております。
日本画の『朝涼』は、鎌倉市の鏑木清方記念美術館が所蔵しており、今年は8月下旬以降に『朝涼』の企画展を開催するようです。
京都の平安貴族に端を発する「涼み」の営みは、江戸時代には「納涼文化」として貴賤を問わず広がり、屋形船や河原での遊興、神仏の祭事や縁日、花火大会など、日暮れてからの納涼風物が盛んになりました。
特に花火大会は、現代では益々身近な夏の風物詩となり、各地の夜空に色鮮やかな花が一瞬の儚さを演出しながら美しく咲き、艶やかな光が瞳に染みて、迫力ある音が耳を打ち、心と体を揺さぶります。
花火大会で見る「打揚花火」には、星が円形になって四方八方に飛ぶ「割物」、上空でくす玉のように2つに割れて星や細工を放出する「ぽか物」、一つの花火の中に多くの小さな花が一斉に開く「小割物」などに分類されます。
それぞれの花火には、開いてから消えるまでの特徴を表現した「玉名(ぎょくめい)」という花火の名前が付けられていて、「菊」「牡丹」「大柳」「柳」「椰子」「土星」「蝶々」「千輪」など、日本人らしい美意識が感じられます。
今年は、月初めに示した通り、6月8日に沖縄、19日に奄美、そして27日には九州・四国・中国・近畿で一斉に例年よりかなり早い梅雨明けが発表された後、7月4日の東海の後は北部・東部の地域では梅雨前線が戻る動きがあり、18日に関東甲信・北陸・東北南部、19日に東北北部が平年並みか早めの梅雨明けが相次いで発表となりました。
関東甲信で見ると、令和になってからの3年間は、梅雨の長さにかかわらず、降水量が平年水準を大きく超過しており、令和元年は平年比131%であり、令和2年は平年比174%と統計史上の最高値となり、令和3年は平年比128%でした。
令和4年は平年比90%と久々に平年水準を下回り、一昨年の令和5年は平年比110%、昨年の令和6年は平年比113%となり、過去3年は平年に割と近くなっております。
近時は、いずれの年も各地で警戒級の大雨や線状降水帯による災害が起こっており、甚大な被害の発生が相次いでおります。
今年は、7月10日から11日にかけて前線が東北地方から関東甲信地方を南下、東北地方から西日本まで大気の状態が非常に不安定になり、各地で大雨が降り、幾つかの地域で災害危険度が急速に高まりました。
その後も、各地にて局所的な大雨被害が報告されており、全国的に、記録的な大雨に加えて急な雷雨への警戒も必要です。
一方で、北海道で摂氏39度の最高気温を記録するなど、危険な暑さが日本列島に襲来しており、熱中症に対する厳重な警戒と対策の必要性も指摘されております。
本格的な夏が到来した後は、更なる猛暑や雷雨や台風など、この季節ならではの天候・気候への備えが必要であり、情報収集に努め、自然や災害へのリテラシーを上げていくことが大切です。
例年、これから全国各地で花火大会や行楽のシーズンを迎えます。昨年からお祭りや各種イベントなどが本格的に再開され、各地に夏の活気がと納涼の文化が戻ってきております。
引き続き、災害対策と体調管理には充分に気をつけて、過度な「人いきれ」の世界はなるべく避けながら、安心で心地よい夏休みを楽しめるように工夫していきましょう。
この時季ならでは、自然の中での「涼のある風景」、また、都会や地域の中での適度な「納涼」、各々で機会を見つけて、いろいろと風情も味わいながら、蒸し暑さを乗りきっていきたいものです。
こまめに水分補給をするなど、熱中症対策など心がけつつ、気候変動の影響にも意識を持って対処しながら、前向きな気持ちを持って、日本らしい夏の文化と生活を積極的に楽しみたいと思う次第です。