秋田民報社

旧六郷町の黒森峠については以前本欄に書いたように記憶しているが、その峠を正岡子規が登って下ったというのは半年ほど前に知った。そういうわけかどうかはともかく先月は岩手県側の西和賀町にある県道十二号線を走ってみた。県道一号線を北上してさわうち病...
08/07/2025

旧六郷町の黒森峠については以前本欄に書いたように記憶しているが、その峠を正岡子規が登って下ったというのは半年ほど前に知った。そういうわけかどうかはともかく先月は岩手県側の西和賀町にある県道十二号線を走ってみた。県道一号線を北上してさわうち病院の手前を左折すると県道十二号線であった。道は舗装されていて数kmばかり行くとゲートがあって冬は通行止めなのだろう。ゲートに向かって左に子規の句碑があった。「蜩や夕日の里は見えながら」。数日後に今度は六郷側から自動車で登ってみた。こちらも峠の手前の行き止まりまでは舗装されている。行き止まりから右折すると名もなき道で大松川ダムに出る。子規はここで「蜻蛉を相手に登る峠かな」を作ってその句碑があることになっているが上りにはそれを見つけることができなかった。三kmほど下ったところに駐車場とトイレがあってそこに句碑はあった。上りは法面が邪魔して見えないのであった。ただこの句は岩波文庫の「子規紀行文集」の「はて知らずの記」には見当たらないようだ。子規自らが削ったか。この県道は未完成のまま現在に至っている。なんでも日清戦争に予算を回して資金がなかったという。もったいないことであった。子規はここを通る前の日に秋田市から人力車にのって大曲まで来て大曲に一泊している。それがどこであったのか私には知る由もないが当時のことだから花館のあたりであろうか。峠を下った子規は湯本温泉に一泊して翌日黒沢尻(北上市)で一泊している。当時湯田ダムはなく子規はこの辺りを「風光絶佳、雅趣掬すべく誠に近国無比の勝地なり」と賛美している。今でもこの辺りは美しく高速で通り過ぎるのは実にもったいないのである。
(酔子)

普段空を見上げることはあるだろうか。私は、日中はずっと屋内にいることもあり、職場の建物を出るとその開放感からふっと空を見上げることが癖になっている。真っ青な空が視界いっぱいに広がると、今日も一日頑張ったな、と公私の切り替えができたように感じ...
07/07/2025

普段空を見上げることはあるだろうか。私は、日中はずっと屋内にいることもあり、職場の建物を出るとその開放感からふっと空を見上げることが癖になっている。真っ青な空が視界いっぱいに広がると、今日も一日頑張ったな、と公私の切り替えができたように感じるのだ。最近は星にも興味が湧き、晴天の夜は外に出て星座早見盤を片手にただ星を見るなどしている▼先日はひとつ、魅力的な星を見つけた。西の空に、チカチカと瞬くアークトゥルスだ。アークトゥルスはうしかい座で最も明るく、太陽を除いて実視等級がマイナスになる4つの恒星の1つであり、その日も、どうしても目が奪われてしまうほど輝いていた。初めて「星が瞬く」という現象を体感した。近くには乙女座で最も明るい恒星であるスピカが青白く輝いており、暖色のアークトゥルスと合わせて夫婦星と呼ばれるらしい。私の星座も乙女座なので、初めての星空観測で好きになった星がアークトゥルスだったのは、運命的と言うには仰々しいが、不思議な体験ができたように思う▼空を見た時に、「今も昔も皆同じ空を見ていたんだなあ」という感想をよく聞く。和歌の世界では、昔の歌人たちが星空について歌を詠むことは全くと言ってよいほど無かった。こんなに美しい対象を詠作の題材にしなかったことは驚きだが、平安時代末期の女性歌人・建礼門院右京大夫が「月をこそながめなれしか 星の夜の 深きあはれをこよひ知りぬる」(月は眺め慣れていたけれども、この星の夜の深い趣を今宵初めて知りました)と詠んでいることからも、一般の日本人が星に関心をもつまで時間がかかったように思える▼西洋の星座に関する神話が広く知られてから、夜空に物語を見出すと同時に美的価値が付与されたのだろうが、そう思うと、昔の人々が見ていた空と私達が見ている空は同じものとは言えど、見えているものが全く違うのである。それを知った日には、この時代に生まれた喜びを感じずにはいられなかった。
(さとい)

運転免許証を取得し自分の車を持ったとき、父に付き合ってもらい運転の練習をした。人も歩いてないしまっすぐ行けばいいから、と父は高速道路へ向かえと言う。大曲インターへ向かうには当時はまだ架け替え工事前の金谷橋(大曲橋)を渡らなければならず、私に...
05/07/2025

運転免許証を取得し自分の車を持ったとき、父に付き合ってもらい運転の練習をした。人も歩いてないしまっすぐ行けばいいから、と父は高速道路へ向かえと言う。大曲インターへ向かうには当時はまだ架け替え工事前の金谷橋(大曲橋)を渡らなければならず、私にはこの狭い橋で対向車とすれ違うのが難問だった。父さんそっち大丈夫?父さんちゃんと見てる?そのたびに大きな声で騒ぐ私に父は可笑しそうに笑って大丈夫大丈夫と言うのだった▼やっと高速道路の入口まできて次の難問は合流だ。後ろから来る車をバックミラーで確認。首を回して自分の目でも確認。そしてまたミラーで確認、そしたらまた目で…。早く入れ、大丈夫だから。という父の声で慌てて合流。本線の運転は言われた通りまっすぐ行けばよくて怖さは感じなかった。しかし助手席の父は怖かったようだ。もうちょっとスピード落せ。出し過ぎだと何回も言われる▼やっと高速道路から戻って来て、帰り道での金谷橋も何とか渡り切り、最後は河川敷に降りて車庫入れの練習をした。自動車学校では車庫に見立てたポールが路上に何本も立ててあり、ポールが2本見えたらハンドルを回し、もう1本見えたら反対に回して、というように教わりながら車庫入れや縦列駐車をしたが、実際の生活の中で道路にポールは立っていない。一度父が車庫入れのお手本をしてくれて、あとは自分で何回も練習をして感覚をつかめと言われた。河川敷だから周りにぶつかるものもない、思う存分練習をと思いながらやってみると、予想以上にうまくできた。なんだできるじゃないか。父も驚く。気が付くと河川敷から見える西山も雄物川の水面もうっすら夕暮れ色になってきた。父さん、もう夕方だね。そうだな。腹減ったな。帰ろうか。振り返ると西山に向かって鳥の群れも帰っていくところだった▼先日、新しくなった金谷橋(大曲花火大橋)を渡るとき、一瞬、河川敷で車庫入れの練習らしき動きをしている車が目に入った。この春、免許を取ったばかりの人だろうか。父と一緒に練習したあの日を思い出してあたたかい気持ちになる。私はハンドルを握り直し、感覚をつかめとつぶやきながら対向車と楽々すれ違い、インターへと向かった。
(沓澤景子)

「アンパンマン」を生み出したやなせたかしさんと、その妻をモデルにした現在放映中の連続テレビ小説をご覧になっている方も多いと思います。先日まで描かれていた戦前・戦中の物語が一区切りし、今は戦後の時代背景へと移っていきます。当時を生き抜いた先人...
04/07/2025

「アンパンマン」を生み出したやなせたかしさんと、その妻をモデルにした現在放映中の連続テレビ小説をご覧になっている方も多いと思います。先日まで描かれていた戦前・戦中の物語が一区切りし、今は戦後の時代背景へと移っていきます。当時を生き抜いた先人たちの戦時中の苦労を、私たちはドラマを通してしか知ることはできませんが、その生活を見るたびに、食べるものがあり、住む家があり、仕事があり、そして自由があるということが、どれほど尊く、ありがたいことなのかを、あらためて考えさせられます▼一方で、今この瞬間にもウクライナやガザをはじめとする中東情勢の不安定化などにより、世界各地では戦争や紛争が続き、多くの民間人の命が奪われている現実に、虚しさと悲しみを覚えます。連続テレビ小説で描かれた戦時中の「あんぱん」を見るたびに、自分のちょっとした〝めんどくさいこと〟などは、実に些細なことのように思えてきます。巷では、6月下旬とは思えない真夏日が続き、気温35℃を超える地域も各地で観測されています。この熱帯のような気候が9月上旬まで続くかと思うと、その地域で暮らす方々の熱中症が心配になります。また、農作物にも高温障害が発生しており、収穫への影響も出ているそうです。もちろん、食卓にも影響が出てくることを思うと、自然環境の変化がいかに私たちの暮らしに直結しているかを痛感させられます▼私の暮らす周りは緑がいっぱいで、草刈りに追われる忙しい季節です。日中こそ30℃を超す日もありますが、朝は涼しく、風も心地よく感じられます。まるで避暑地にいるような、そんな爽やかな空気感に包まれています。やはり、コンクリートに覆われた都市部では熱がこもりやすく、気温以上に暑さが体にこたえるのかもしれません。自然に囲まれ、緑の中で暮らせるというのは、便利さとはまた異なる、かけがえのない豊かさだと、あらためて感じる季節です。
(のぶ)

7月の甲子園予選に挑む大曲農業高校太田分校野球部の部員は2人。この夏は西仙北、六郷、男鹿海洋との4校連合としての出場になる。少子化と共に、野球人口減少の波は押し寄せている▼これまで長い歴史の中で、秋田県の甲子園予選で連合チームが勝利した事は...
03/07/2025

7月の甲子園予選に挑む大曲農業高校太田分校野球部の部員は2人。この夏は西仙北、六郷、男鹿海洋との4校連合としての出場になる。少子化と共に、野球人口減少の波は押し寄せている▼これまで長い歴史の中で、秋田県の甲子園予選で連合チームが勝利した事はない。昨年の大会で大農太田、西仙北、男鹿海洋、羽後、雄物川、仁賀保の6校連合が秋田北鷹を相手に勝利まであと一歩という試合を戦った。2―4とリードされて迎えた9回表の攻撃、2死1、2塁で打者はセンター前ヒット。走者が1人返ったが、隙を狙い本塁をねらった1塁走者が滑り込むも間一髪でタッチアウト。惜しくも3―4で敗れた。秋田の高校野球史に新たなページを刻む瞬間はお預けとなったが、6種類のユニフォームがまさにワンチームとなり戦う姿は高校野球ファンの記憶に刻まれたことだろう。そして何よりも、連合チームでも十分戦えると証明された試合だと感じた▼大農太田野球部の2人と話をする機会があった。全体練習ができる機会が限られているので連係面が不安とも話していたが、それぞれの学校に指導者がいるので、選手それぞれに目が届き、気になった部分を気付かせてくれるなど良い点も教えてくれた。コミュニケーションツールも多様化していて、友達が沢山できて嬉しいとも笑顔で語っていた。週末にみんな揃って連合チームとして活動できる喜びが野球を続ける楽しみになっているようだった。「ウチの連合チームの部員達は秋田で一番の野球好きだと思います。少人数でも満足に練習ができなくても、それでも野球にひたむきに向き合っていますから。」以前、西仙北の佐藤監督はこう笑顔で語ってくれた▼野球人口が減りゆく中、連合チームにはロマンがあることを感じた。白球を追いかけることに人数は関係ない。野球ができる喜びを力に変えて、新たな歴史の1ページが刻まれることを願う。
(たふじ)

最近二冊の本を読みました。秋田魁新報社の「地方創生」とフリーアナウンサーで大相撲愛好家の田中知子さんの「口下手さんでも大丈夫、本音を引き出す聞き方」というタイトルの本です。「地方創生」は二〇二四年一~六月に魁新聞に掲載されたもので、検証編と...
27/06/2025

最近二冊の本を読みました。秋田魁新報社の「地方創生」とフリーアナウンサーで大相撲愛好家の田中知子さんの「口下手さんでも大丈夫、本音を引き出す聞き方」というタイトルの本です。「地方創生」は二〇二四年一~六月に魁新聞に掲載されたもので、検証編と展望編で構成されています▼人口減少が進む今日、秋田県は全国ワーストのペースで人口が減り続けています。二〇一四年に安倍政権が「地方創生」という看板政策を掲げてから十年。人口減少の克服と東京一極集中の是正は達成の兆しすらありません。失われた十年を検証し、これからの秋田を考えるよすがにしたい、と序文に書かれています▼読み進むと特に第八部の「寛容、そして希望」には「希望」最下位、どうする秋田、では民間のシンクタンクが行った「地域の希望」調査で秋田が全国最下位だったそうです。それは地域の未来を明るいと思っているか、また地域の未来を考えることが楽しいか、の二つの切り口で調べた結果とか▼希望を強く持っている地域ほど地元への定住や地域貢献など思いが強い傾向にあるそうです。そして地元住民が寛容だと感じている地域ほど地元を離れたいという思いが弱い。そして特に秋田の若い女性ほど評価が低かったそうです▼更に展望編では絶望の中にこそ希望がある。挑戦と失敗を認める寛容さとその結果から生み出される変化の延長線上に希望がある、と結論づけています。では秋田の希望はどこに見出すか。実は二冊目の「本音を聞き出す聞き方」から希望のヒントを得たのです▼悪条件の時ほど力の発揮どころ。「あーやだなぁ」「はぁ~やりたくない」の初めの感嘆詞を「さぁー」とか「さー」に変えてみる。「言葉の力」を借りることで希望が湧くそうです。声は人なり、宝なり。さぁー秋田のワクワクを声に出してみませんか。
(塩谷 國太郎)

この春めでたく「後期高齢者」の仲間入りをした。まさしく「好機」到来であると考えている。一九五〇年代の日本人の平均寿命は、男で六〇歳から六五歳代であったというから、後期高齢まで生きながらえることができたということは栄誉で、誠に有り難いことであ...
26/06/2025

この春めでたく「後期高齢者」の仲間入りをした。まさしく「好機」到来であると考えている。一九五〇年代の日本人の平均寿命は、男で六〇歳から六五歳代であったというから、後期高齢まで生きながらえることができたということは栄誉で、誠に有り難いことである。これまで御世話になった皆様方への感謝の気持ちを持ち続けていきたいと肝に命じている▼「酒は百薬の長」といわれ、適度に愉しむと心身の元気回復に効果があり、気疲れ・気苦労の緩和や食欲増進にも繋がるという▼水無月は、新緑に満ち各所で藤の花が満開を迎える。この季節の楽しみの一つが溢れるほどなみなみとつがれる「枡酒」である。神事や神社に使われてきた檜や樅の木で作られる木枡は、複数の人が「木(気)を合わせる」というところから、また枡が「増す」「益す」にも通じることから縁起が良く、お祝い事にもぴったりだと言われてきた。目の前に置かれた枡に、日本酒がなみなみと注がれる。注がれた酒が表面張力で盛り上がり、ついには溢れ出す。その一時が酒飲みにはたまらない。枡酒は、その昔に樽から一合升で量り売りした名残だと言われている。升は、尺貫法の体積の単位で、米や酒、醤油等を計量するものであり、盛り切りいっぱいで誤魔化しのしようがない▼枡酒の美味しい飲み方としては、枡を手に持つとせっかくの酒がこぼれるので、口をグラスに持っていって、一口か二口飲んだらこぼれた酒を枡に入れ直して飲む。枡に口を近づけると檜や杉の木の清々しい香りが酒に移って日本酒の風味も楽しめる。倖せなことである。健康が全てではないが、健康を失えば全てを失う。枡酒を末永く愉しんでいきたいと念じている。
(さとう としお)

テレビ報道で我が国の閣僚諸氏の姿をよく目にする。どうしてこんなにメタボや超メタボの閣僚が多いのだろう。コメ価格高騰のこのご時世に「自分たちは腹いっぱいご飯を食べていますよ。」とオーラを発している。健康診断でメタボ検診を義務付けるようになった...
25/06/2025

テレビ報道で我が国の閣僚諸氏の姿をよく目にする。どうしてこんなにメタボや超メタボの閣僚が多いのだろう。コメ価格高騰のこのご時世に「自分たちは腹いっぱいご飯を食べていますよ。」とオーラを発している。健康診断でメタボ検診を義務付けるようになったのは何のためだったのか。「成人病」が「生活習慣病」という表現になった理由を考えよう▼「毎年一兆円増加する医療費を抑制する。」と言うがメタボ政治家に有効な計略が見いだせるのだろうか。コメの価格高騰を抑制しようと奮闘する小泉農水大臣は、国民のメタボ化を促進させ医療費増大の元凶を膨らませているのではないか。これを単なる天邪鬼の戯言というのは国民的思考停止ではないかと危惧するものである▼「コメは主食であり国の安全保障に必須の事項だ。」というのは江戸時代の思想である。こんな時代錯誤の政治には眩暈がする。現在日本人は年間700万トンのコメを食べているという。国民一人当たり毎月5キロほどコメを食べる。大体1日1合程だろうか。白米は77%が糖質でエネルギーにはなるが、それ以外の栄養はたんぱく質の6%以外はほとんどない。現代の日本人の生存にとって本当にコメが必要不可欠なのだろうか。「日本人に産まれてよかった。」と言わしめるご飯の定番おかずは甘くてしょっぱいものが多い。白米を美味しく腹いっぱい食べて幸せになるには塩分に依存する。日本人は糖質塩分が大好きだ▼「1日350gの野菜を食べよう。」などと言う。日本人が年間1千533万トンの野菜を食べることになる。ちなみにジャガイモ日本一の北海道の生産量は173万トンである。野菜を山ほど食べても健康にはならないだろうと思う▼医療費の抑制は非現実的なものとなっている。食品産業の経済的構造と栄養生理学に対する片寄った社会教育が健康増進や医療費抑制の巨大な障壁になっている。山中教授がノーベル医学・生理学賞を受賞した国なのに。
(古屋一彦)

今年1月に劇場公開された、「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」をご覧になった方はいるだろうか。気弱で繊細だった20代の青年実業家ドナルド・トランプ氏が、弁護士に導かれて変身を遂げ、トップへと成り上がるまでの道のりを描いた伝記作品で...
19/06/2025

今年1月に劇場公開された、「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」をご覧になった方はいるだろうか。気弱で繊細だった20代の青年実業家ドナルド・トランプ氏が、弁護士に導かれて変身を遂げ、トップへと成り上がるまでの道のりを描いた伝記作品である。もちろんだが、トランプ氏はSNSで、「嘘っぱちで品のない映画。安っぽくて攻撃的で、ヘドが出るほど悪意ある中傷だ」と、この映画を全くのデタラメだと批判している▼純粋な青年だった若きトランプ氏に大きな影響を与え、その驚愕の変貌のカギを握るのは、勝つためには手段を選ばない悪名高き弁護士ロイ・コーンだ。不動産業界で破産寸前にまで追い込まれていた当時のトランプ氏が、政財界の実力者が集まる高級クラブでコーンと出会い、彼から教えられた「勝つための3つのルール」を実践しながら数々の大事業を成功させていく。その伝授されたという3つのルールというのが、現在のトランプ氏を見ていると、あながちデタラメだとは思えないのだ▼弁護士ロイ・コーンから伝授されたという3つのルール。まずはルール1「攻撃、攻撃、攻撃」。違法行為も辞さない汚い手を使い、政府から3回も起訴されながらすべてに勝利してきたコーンのこの言葉には説得力があった。「勝ちたいならなんでもやれ!」という彼の教えにトランプ氏は素直に従った▼ルール2「非を絶対に認めるな!全否定しろ」。コーンは「批判など気にするな。批判などどうでもいい。そんな基準は存在しない。たった1つの真実など人が作ったフィクションだ。大切なのは勝つこと。それしかない」とも言うが、トランプ氏はこの言葉も信じて邁進し「俺の主張が真実だ!」と訴えるまでになる▼そしてルール3が「勝利を主張し続けろ!」だ。コーンは「これが最も重要だ」と説く。「どれだけ劣勢に立たされても勝利を主張しろ。決して負けを認めるな!それが勝利のルールだ」▼いかがだろう。トランプ氏の日頃の言動の軌跡と相まって、実に興味深いではないか。
(伊藤 肇)

六月五日の秋田魁新報一面のトップの見出しで「県内出生3282人・過去最少」「自殺率・全国三番目の高さ」という新聞の記事を目にしました。これは厚生労働省が四日、二〇二四年の人口動態統計を発表したものを記事にしたものです。この統計によると二〇二...
18/06/2025

六月五日の秋田魁新報一面のトップの見出しで「県内出生3282人・過去最少」「自殺率・全国三番目の高さ」という新聞の記事を目にしました。これは厚生労働省が四日、二〇二四年の人口動態統計を発表したものを記事にしたものです。この統計によると二〇二四年に県内で生まれた赤ちゃんの数は三二八二人で、一八年連続で過去最少を更新したものです。自殺者は前年より二人増え一七八人であり、岩手県、新潟県に続いて全国三番目の高さだったという事であります▼全国の『人口減少率』をランキングでみますと、秋田県がマイナス六・五九%で断トツの一位であります。次いで二位が青森県のマイナス五・九二%であり三位が岩手県のマイナス五・四七パーセントです、この三県が日本の『人口減少率ベストスリー』であります。ちなみに四位が山形県のマイナス五・三七パーセントであり、五位が高知県でマイナス五・一九パーセントで、六位が福島県のマイナス四・九六パーセントであり、ベスト六の中に東北が五県も入っております。これではいつかは「宮城県を外した東北は沈没してしまいます。「どうした秋田県。がんばろう秋田県」。これは確かに国の課題でありますが、秋田県はもっと真剣に考えなければいけない問題であります。人口の社会減を減らす施策には大いに賛成しますが、人口の自然減につながっている「人口の出生数」にもおおいに関心を寄せるべきです。合計特殊出生率は人口の維持に必要とされる二・〇七パーセント程度を大きく下回っています。秋田県も「合計特殊出生率」の向上にもっと真剣に取り組むべきです。『絶望する必要はありません。元気で行こうぜ』▼今度県庁には職員五人程度の「マーケティング戦略室」を設けるという事ですが、「戦略室」格好いいしいいんじゃないでしょうか。秋田県ではこれまでも事業を立案する前にマーケティングリサーチをし「事業を計画実施」してきました。これを一元化するという事なんでしょうかね。『私は精度を高めて確実に成果を出していきたい。ざっくりぶちあげるのではなく、きちっと考えた上で進めたい』(六月県議会代表質問への鈴木健太知事の答弁)そして「日本一持続可能な県」とははたしてどんな「県」でしょうか?
(永・良)

アカシヤの雨がやむとき/雨がやんだら/城ヶ島の雨/雨のバラード/雨の慕情/雨の御堂筋/銀の雨/みずいろの雨/雨のステイション/雨の… 人は雨を詩(うた)う。不思議なことに〝晴天〟の詩はあまり記憶に無い。それは雨が創り出す情景や情緒が人の心を...
17/06/2025

アカシヤの雨がやむとき/雨がやんだら/城ヶ島の雨/雨のバラード/雨の慕情/雨の御堂筋/銀の雨/みずいろの雨/雨のステイション/雨の… 人は雨を詩(うた)う。不思議なことに〝晴天〟の詩はあまり記憶に無い。それは雨が創り出す情景や情緒が人の心を動かすからに違いない。だが人の心情とは裏腹に、残酷な雨も慈悲の雨も地上の万物に対して平等に落ちてくる。土砂降りの雨も優しい霧雨も天から舞い落ちる雨という名の自然現象に過ぎない▼まもなく梅雨入り。田んぼの稲にとっては潤いの季節の到来である。梅雨は自然界にとって恵みの雨となるが、人にとっては必ずしもプラスに働くわけではない。長い梅雨は陰鬱を齎す。それは決して雨のせいだけではないだろうが、一年中で最も日が長い季節であるにも関わらず、太陽の光をじっくり浴びることが出来ない理不尽さは、人の心身に支障を来す要因となることは否定できない。人は時に陽の光を渇望し、時に雨乞いをする我が儘な動物なのだからしょうがない▼「1/fゆらぎ」自然界や人間の生体リズムに見られる規則性と不規則性が混じり合った心地良いリズムのことをいう。波の音、小川のせせらぎ、ろうそくの炎の揺れなどの自然界の現象に多くみられる。人の心拍の間隔と同じリズムを人が聴覚や視覚等で感じ取ると、「安心感」や「癒し」が生成されるのだ。音楽の世界では宇多田ヒカルや小田和正の歌声がその代表的なもののようだ。嘗て「シュガーベイブ」というグループで山下達郎と一緒に活躍していた大貫妙子の歌声に特別な魅力があった。森本レオの″語り〟も多くの人が頷けるところであろうか▼代表的な1/fゆらぎ「雨音」。目を閉じて耳を澄ましてみよう。目の前の景色と心の景色がやがて交差すると、陰鬱な梅雨の景色が次第に消失し、イマジネーションの扉が解き放たれる。雨は地面に沁みこみ、詩(うた)は心に沁みこむ。やはり、ゆらぎの交差点は心地が良い。
(かまだ しゅん)

BSチャンネルの中国・韓国時代劇を見ることが多い。ドラマなので多少誇張されたり、殺陣はワイヤーアクションで派手だったりするが慣れればそれなりに楽しめる▼最近では「武則天 The Em press」が面白かった。日本では則天武后の名で通ってい...
16/06/2025

BSチャンネルの中国・韓国時代劇を見ることが多い。ドラマなので多少誇張されたり、殺陣はワイヤーアクションで派手だったりするが慣れればそれなりに楽しめる▼最近では「武則天 The Em press」が面白かった。日本では則天武后の名で通っているが、中国三大悪女の一人とも言われている。新解釈のドラマでは、宮廷に上がった利発で美しい女性武照が陰謀渦巻く後宮で降りかかる火の粉に敢然と立ち向かう。知恵を絞り時には計略をつかってその火の粉をやむをえず振り払い、国を思い皇帝の座につき、愛に誠実に生きた一生となっている。武照を演じた范冰冰(ファン・ビンビン)はハリウッドでも活躍する女優。最近の脱税事件で知った人も多いかもしれない。14歳から亡くなる直前の81歳までを演じた▼唐の2世太宗の後宮に入り、3世高宗に見初められ、幾多の悲劇を経験しながら後宮の権力争いに勝ち残っていく。高宗の後継者を生んだことにより政治にかかわることになるが、垂簾聴政では官僚を相手に権謀術数を用いて、非情にもわが子にも手をかけ、後に「開元の治」をもたらす人材を登用し世を治め、ついにはわが子を廃し女帝になって武周を起こす▼この頃の日本は政治方針が定まらず朝鮮半島の政治情勢から、白村江の戦いで唐・新羅と戦い負け。戦後、高句麗が滅び新羅が台頭すると遣唐使が派遣され唐の文化が日本に入るようになり、国名は「倭」から「日本」になった。武則天が仏教を重んじ、悲田養病坊を設置し、仏僧尼に運営を任せて貧窮孤老を救済させたが、これは光明皇后による悲田院・施薬院の設置やその後の仏教流布や平安時代以降の文化にも影響を与えたとされる。中国統一王朝で唯一の女帝は日本に多大な影響を与えている。
(越前守主税)

住所

Daisen-shi, Akita

営業時間

月曜日 09:00 - 17:00
火曜日 09:00 - 17:00
水曜日 09:00 - 17:00
木曜日 09:00 - 17:00
金曜日 09:00 - 17:00

電話番号

+81187632122

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