
18/09/2025
★本谷有希子は、もともと舞台女優で、2000年には劇団を設立し、自ら劇作・演出を手がけていた。2006年に鶴屋南北戯曲賞、2009年に岸田國士戯曲賞を受賞。2011年に野間文芸新人賞、2013年に大江健三郎賞と三島由紀夫賞を受賞し、2015年に「異類婚姻譚」で芥川賞を受賞した実力派である。
異類婚姻譚は、人間と人間以外の存在、例えば、動物、神、妖怪、幽霊などとの結婚や恋愛を題材とした物語のことを指す。日本に限らず世界各地の民話や伝説、神話、文学作品に登場するわけだが、誰もが知っている日本の作品としては、鶴が人間の女性に姿を変えて男と結婚する「鶴の恩返し」や、男が亀を助けたことで竜宮城の乙姫(異界の存在)と過ごす「浦島太郎」などが有名だ。
異類婚姻譚という説話類型名を作品名にしたことにより、読む前からこの作品がそうした物語であることを明言しているわけで、そのことによって、どこか奇妙な非現実的なストーリーを読み手がすんなりと受け入れる土壌を事前に作っている。
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異類婚姻譚が古今東西に存在し続けているのは、異質な存在との関わりや、自己と他者との境界の曖昧さや、喪失の悲しみなど、人間にとって根源的なテーマを孕んでいるからであろう。受賞作は、こうした説話の枠の中に、現代的な風俗をうまく落とし込んでいるところに斬新さがある。
髙樹のぶ子は、特に伝奇的・説話的な物語を指す「譚」という言葉について、ラストシーンのある種の美しさを絡めながら、こう述べている。
「『美と不気味さ』これは『譚』の成立要素であり、日本説話の伝統から流れ来る地下水脈でもある」
アイデンティティが希薄になる不気味さ 本谷有希子(もとや・ゆきこ)著/第154回芥川賞受賞作(2015年下半期) 象徴的な「蛇ボール」 本谷有希子は、もともと舞台女優で、2000年には「劇団、本谷有希子...